【寺尾聰】が病気で緊急入院していた! 療養生活からルビーの指輪が誕生!

この記事は4分で読めます

今や日本を代表する俳優の一人である
寺尾聰さん
穿孔性胃潰瘍(せんこうせいいかいよう)
と言う病名で
死の淵をさまよった経験をお持ちです。
役者人生の岐路に立たされたお話しを
貴重な対談を通して再現してみました。

Sponsored Links

寺尾聰・簡単なプロフィール

【名前】:寺尾 聰(てらお あきら)

 

【出身地】:横浜市

 

【誕生日】:1947年5月18日
     (2017年10月現在、70歳)

 

【家族】:(父)宇野重吉
     (嫁)星野真弓
     (元嫁)范文雀(はんぶんじゃく)
     (子供)3人?

 

【職業】:俳優、歌手

 

【初出演映画】:
 石原裕次郎主演、「黒部の太陽」

 

【所属】:
 ホリプロダクション→
 石原プロモーション→寺尾音楽事務所

 

【受賞】:
 1981年
 ルビーの指環、第23回日本レコード大賞

 2001年「雨あがる」
 2005年「半落ち」で
 日本アカデミー賞最優秀主演男優賞

 2008年「紫綬褒章」を受章

 

 

 

 

緊急入院した病気は何!?

昭和51年(1976) 寺尾聰、29歳。

 

石原裕次郎の下で俳優として
時代劇から現代ドラマまで
幅広く活躍していた時

 

胃に激痛が襲い
動けず
緊急入院に至りました。

 

その時の様子を「サワコの朝」の中で
語っています。
多少セリフに誤差がありますが
ご了承下さい。

 

それでは、
体を悪くした時分、渡哲也さんに
本当にお世話になり
感謝している話の続きから…

 

  (サワコの朝より抜粋)
【サワコ】:大変な病気ですよね。
          何だっっけ?
          胃潰瘍どころの騒ぎじゃない

 

【寺 尾】:潰瘍穿孔・・・
 (穿孔性胃潰瘍・せんこうせいいかいよう)
          胃袋が破けちゃう

 

【サワコ】:胃袋の皮に穴が・・・破けて

 

【寺 尾】:破けてドカン!ですね。
      で、4日間意識不明だった・・・

 

【サワコ】:本当に死にそうな
      死、死、死を覚悟したみたいな
      感じだったんですか?

 

【寺 尾】:ってゆうかもう
      全然自分では
      覚えていないですからね。

 

【寺 尾】:あっ。お腹に穴が開くって事は
      よくピストルで撃たれ
      大の字でこう倒れるじゃないですか
      俳優さんが

 

   寺尾、ジェスチャーを交え語る。     
   サワコ、うなずく

 

【寺 尾】:お腹穴開くと
      こんなに(大の字)なれなくて(笑)

 

   激痛で
   体を丸め小さくなるジェスチャー 

 

【寺 尾】:こうゆう風に
      こーん、な、に、
      小さくなっちゃう・・・!
      そのくらい痛かった!

 

   サワコ、名演技を前にだだうなずくだけ

 

【寺 尾】:・・・ってゆうか、
      その4日間で20キロ以上
      体重が減ってたですよね。

 

【サワコ】:え!!!
      4日間で20キロやせる事が
      あるんですか!!!

 

【寺 尾】:だから、消耗したんでしょうね。

 

【サワコ】:胃は、半分ぐらいに
      なっちゃったんですか?

 

【寺 尾】:えっと80%取ったっていったかな。

 

   サワコ、驚く!

【サワコ】:へっ~え!
      今よくそれだけ・・・
      がっしりなさいましたよね!

 

【寺 尾】:だからえっと
      最初の20年間ぐらいは
      なっかなか戻んなかったですよね。
      体重戻らないし、
      体力戻んないんで・・・(思案)
      あの、もうこれで
      辞めるかなぁ~と思って。

 

【サワコ】:役者もう辞めるかなって?

 

【寺 尾】:もう、だってテレビ見ると
      みんな友達元気そうに
      働いているし…

 

   寺尾、腕組みする。

 

      あーもー俺は無理だなぁ~
      と思ったし。

 

【サワコ】:う~ん~~

 

大病で苦しんだ直後の対談はここまでです。
本当に今の活躍している姿からは想像が
つきませんでした。

 

大病後、手術後のリハビリ生活
多々、考える事あったと思います!

 

そして、
穿孔性胃潰瘍がキッカケで
「ルビーの指輪」誕生秘話へと
話が進みました。

 

 

ルビーの指輪」誕生秘話

  (サワコの朝より抜粋)
【サワコ】:じゃまぁ
      あんまり沢山は仕事出来ないから

 

【寺 尾】:ってゆうか
      全然できなかったんで

 

【サワコ】:じゃなんか
      健康的な精神には
      なりにくい状態…

 

【寺 尾】:でも、それでも、
      そうでもなかった。
      もう、拾った命っていう感じも
      あったんで、

 

      それから、だから、あのぅ
      何かやって、
      何か食うためにと思って

 

      自分が売っているうちに
(俳優として知られているうちにの意味?)
      自分が作った歌を売りに行って

 

      だって、もう、あのぅ、
      収入ない訳ですから
      もう、売るモノ
      何も無くなっちゃって

 

      あーそうだ、
      作ったカセットテープが
      あったなと思って、

 

      たまってたのを少しまとめて
      ちゃんと曲にして
      これ誰か歌ってくんないかなぁ
      と思って…

 

【サワコ】:どこに売り込みに行ったんですか?

 

【寺 尾】:レコード会社に、
      あの溜池にあるレコード会社に、
      何件かあるうちの何件かに     
      こう、持って行ったんですよ。

 

      で、その出したのが
      「ルビーの指輪」だったんですよ

 

【サワコ】:へぇ~
      あと、
      歌詞が松本隆さんなんですよね

 

【寺 尾】:そう、あの時、
      松本隆さんにお願いした理由は
      「木綿のハンカチーフ」って歌
      このストーリー面白いな…

 

(作詞)松本隆
(作曲)寺尾聡
(編曲)井上鑑

こうして大病から生還し生きていくために
名曲は、誕生しました。

 

実に、「難を転じて福となす」です。
寺尾さんは、体が戻らない時だからこそ
生きる事を考え行動したのですね。

 

また、石原プロの渡哲也さんに
かなりお世話になった事が
言葉一つ一つに
感謝があふれていました。

 

 

感想・まとめ

病気をして体が以前の様に戻らない辛さ
私、管理人も他人事ではなく
共感いたしました。

 

体力が落ち、体から力が出ない状態は
非常に不安に襲われます。
仕事が出来ない不安は死活問題だからです。

 

寺尾聰さんの対談を聞いていると
元気をもらい、
対談終了後には
魅力的な寺尾聰がそこにいました。

 

やっぱり魅力的な人は、
心身ともに前に動いていますね。
寺尾聰さんの更なる活躍を願っています。

 

本日は、当ブログに最後まで
お付き合いいただき
ありがとうございました。

Sponsored Links

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。